荒井由泰さんのアートコラム  
         版画の魅力とコレクションの愉しみ
                   第2回 版画を愉しむ

 
「版画の魅力はなんですか?」と問われたら、まず手ごろな価格(もちろん高価な作品もあるが)でオリジナル作品が購入できる。また、銅版画・木版画・リトグラフ・シルクスクリーン等、様々な技法による多様な作品の中から好みに応じたコレクションが可能。価格が手ごろだから、コレクションの数を増やせる・・・そんな返事をするだろう。
ご存じのように版画は複数性と限定性がその特徴だと思う。複数性は決してマイナスではないと感じている。タブロー(油絵等)では気に入った作品があっても収まるところに収まれば決して自分のコレクションに加えることができないが、複数性故に、気に入った作品を追い求めるとコレクションに加えることが可能になる。
と言っても、同じ作品であっても、作品の出来が微妙に異なるし、保存状態によっても良し悪しが違ってくる。当然、価値も異なってくる。浜口のカラーメゾチント作品を数点の摺りから選んだ経験があるが、摺りの状態が微妙に違うことを実感した。
複数でありながら、それぞれがオリジナル作品でもあることはしっかり認識するべきだ。
また、限定部数はやっぱりコレクターとしては気になるところだ。作品の価値自体は限定部数と関係ないと思うが、50部限定・100部限定となると何となく安心する。作品を愛し、所有する人が50名、100名と考えると仲間がいることがうれしくなる。一方、限定部数が非常に限られた作品については稀少性が魅力となる。しかし、その作品が魅力的であることが大前提ではあるが。どこどこの美術館に収蔵されているとの情報も作品の価値を評価する基準の一つとなり、版画ならではの特徴だ。また、版画においては限定部数とともに署名がされていることが一般的だが、1960年の国際造形芸術会議(ウィーン)において正式にオリジナル版画には限定部数(番号)と署名(サイン)が必要との採択がされたことに起因している。署名によって、作品が作家の創作物であることを保証している。それ以前の作品については限定部数の表示がないもの、署名ないものも多い。
また、銅版画やリトグラフなど版が残っている作品においては後摺、作家死後摺などがあり、作品の価値も変わり、なかなか判別が難しい。それらの問題を解決する手段として著名な作家についてはカタログ・レゾネと言われる作品ごとの詳細データが記載された本が出版されている。版画コレクションにおいてはこのレゾネが大きな情報源になる。私の手元にはシャルル・メリヨン、ロドルフ・ブレスダン、オディロン・ルドン等の海外の近代作家から、現代版画の長谷川潔、駒井哲郎、恩地孝四郎等のレゾネがあるが、これらも完璧とは言えず、もれがあるのが現実だ。メリヨンやブレスダンのレゾネを見ていると、コレクターでもある専門家がステイトごとの刷りや使っている用紙、さらには所蔵の美術館も含め丹念に調べており、恐れ入る感じである。時間という試練に耐えてきた作品の重みを実感する。これらも版画の深さ・魅力につながっているのではなかろうか。
また、版画は本との相性がすこぶる良い。本の装丁に木版画が使用されたり、本にオリジナル版画が挿入された本が詩画集等の限定版や特装本の形で出版されてきた。電子出版等もあり、本の位置づけに変化があるが、版画がふんだんに入った特装本を手にするとき、まさにアートの一場面を演出してきたことを実感する。
さらにはタブロー作品等に比べ、保存がコンパクトに済むことはコレクターとしてはありがたい。私のコレクションではもちろん額装のものもあるが、多くはマットに挟みこむ状態(作品のところに窓をあける形)で金属製のマップケースを言われる引き出し型のキャビネットで保管し、マットを手にして作品鑑賞するとともに、壁に掛けるときは替え額で対応している。作品を手に取りながらの鑑賞は至福の時間を与えてくれる。
価格的にも、多様な表現の点でもアート入門において、「版画」は最適な媒体であると確信しているが、現状を見ると、「版画」の人気が低迷している。一世を風靡した作家といえども定期的に美術館等で個展が開催されていない版画作家の知名度がどんどん落ちている。価格も低迷している。美術系の学校に通っている学生でも「池田満寿夫」や「浜口陽三」と言っても知らない人が増えているようだ。30~40年前には彼らとともに「長谷川潔」や「駒井哲郎」が私のスターであったのだが・・・・
なぜ、現在、「版画」に人気がないのだろうか? まず、アートを購入する人が減少していることに起因していると思うが、「版画」に接する機会が減っていることも原因であろうか? またまた現代の生活と「版画」の持つ表現力がミスマッチングしているのか? 皆さんのご意見を拝聴したいところだ。この件は別の項でもう少し言及したいと思う。
とにかく、版画をこよなく愛する私としては「版画」を復権すべく、版画の魅力を大声で叫びたい。
次回は③コレクション事始めと題して、私のコレクション物語の一端を述べることにしたい。
次回をお楽しみに。