荒井由泰さんのアートコラム  
         版画の魅力とコレクションの愉しみ
                   ⑥
版画コレクションへの招待 その1

 
〇コレクションは人生のパートナー
私がコレクションをスタートさせたのが1973年だから、コレクション歴45年である。
コレクション熱には波があり、コレクションが低調な時もあったが、よくも継続できたものと、自分ながら感心する。やっぱりアートが好きだから続けられた。
コレクションは家族との生活・仕事面での苦労や喜び・趣味のランニングとともに私の人生に寄り添うように時を刻んできた。まさに人生のパートナーの一人(一つ)であった。
そして、作家・作品との出会い・別れ、そしてお金の苦労等が彩りとなってコレクションの存在感が高まった。
先にも書いたがニューヨークで画商のアンディ・フィッチと出会い、版画の面白さに魅了され、それがコレクションの原点となった。彼が2005年にマンハッタンの画廊を閉めた際、「貴方のおかげで、版画の魅力やコレクションの楽しさを知り、より心豊かな人生をおくれている。本当に感謝したい。」旨の言葉を贈らせてもらった。
・コレクションはアートだ
お金という資金(限られたお金)と時間(足で稼ぐ時間とタイミング)に加え、アート作品との出会いがコレクションを作り上げていくが、最後は自分の眼を信じての真剣勝負だ。身銭を切ることで審美眼が磨かれる。好きな作品に出会っても予算の工面ができない時はあきらめざるを得ないし、予算面で余裕のある時でも、この作品はなんとか手に入れたいと思う作品に出会うとは限らない。
基本的には予算の範囲内で、琴線にふれる作品群をこつこつ蒐集する形でコレクションを積み上げてきた。自分なりには「自分の眼とお金で収集してきた全作品を並べた時、『自分自身です』と言えるものでありたい」と思っている。私自身はアートが大好きだが、自分では創作する能力はない。しかし「コレクション自体が自己表現の手段であり、創造的なアート活動である。」と確信している。

〇マイコレクション物語
版画を中心とするコレクションというやっかいなものに出会ってしまった。はじめは目標があってコレクションをはじめた訳ではない。気に入ったもの、それも自分のお金で払える範囲の作品を購入していくうちに作品数が自然と増えた。コレクションをはじめて、20年ほど経過するなかで、少しずつコレクションの方向性が見えてきた。「駒井哲郎と彼が敬愛する作家たち」(駒井哲郎、長谷川潔、恩地孝四郎、ブレスダン、ルドン、メリヨン)そして「私と同時代に生きて、私を魅惑する作家たち」(野田哲也、柄澤齊、北川健次、舟越桂、モーリッツ、デマジエール)そして「私の琴線にふれる作品群」という具合に3分類ぐらいにできそうだ。見渡してみると、けっこう地味で、マニアックな感じだ。これも私の好みであり、趣味だから仕方がない。一作家で複数作品をコレクションすることを基本に考えてコレクションしてきたが、高価なものはそんな訳にいかない。とにかく、気持ちのうえでも、予算のうえでも、波はあったが、琴線に触れる作品を求めてコレクションを続けてきた。
そこで得た確信は「コレクションは偶然に近い必然によって成り立つものだ」ということだ。私の手元にコレクションされている作品たちはすべてご縁があって手にしたもので、お金も含め、すべてのタイミングが合わねばコレクションに加わらない。また、強い気持ちで念じていると作品たちが集まってくる体験もした。気に入った作品でも、縁がなく通り過ぎた作品、いったんは手にしたものの、新しい作品の購入の下取りという形で去っていった作品等々もあった。残念な思い出も多い。
・コレクション数?
どれぐらいのコレクション数ですか?とよく尋ねられる。私のコレクションの主体が版画であるため、本に挿画された作品・版画雑誌に添付された作品が多いこと、また、小品が多いこともあり、数の把握が難しい。あえて言えば800~1000点ぐらいにはなると思う。
数が多い作家(50点以上)は駒井哲郎、恩地孝四郎、野田哲也、柄澤齊、北川健次があげられる。1~2点の作家もいるが、10点程度の作家が多い。との作品の購入にも物語があり、ドラマがある。
今回、あえて版画作品で1作家1作品に絞り込み、私が心から気に入って(惚れて)コレクションした作品を21作家、21点を並べてみようと思う。1作家1点ということで選ぶのに苦労したが、心を動かされ購入した作品に絞った。これらの作品を見てもらえれば、私の美意識なり、好みを感じてもらえるはずである。また、私の人生・生きざまの一端も垣間見てもらえるはずだ。

・私の人生のパートナー:21作家・21作品(写真とともに)
*駒井哲郎 「果実の受胎」1959年 アクワチント・エッチング Ep. d’essai (限定20部)
画廊で見た時、刷もよかったこともあり、心の底から「美しい」と感じた作品。
*長谷川潔 「幾何円錐形と宇宙方程式」1962年 メゾチント EPA(限定70部)
木版・ドライポイント・アクワチントの作品はコレクションしていたが、本格的なメゾチントを1点加えたかった。2001年胃の手術をした際の保険金で手に入れた。まさに、身を切ってゲットした作品。
*恩地孝四郎 「リリック No.9 はるかな希い」1950年 マルチブロック 限定20部
恩地のチャレンジングな創作姿勢にはいつも心を動かされる。段ボールを切り取って刷り上げた造形の美しさこそ恩地の真骨頂。
*野田哲也 「日記:1970年4月27日」1970年 シルク・木版・リトグラフ 8/30
野田先生の日記シリーズはプライベートな写真をベースにしているが、木版とシルク(この作品は一部リトも使用しているが)の技法で芸術作品に変貌させる力はすばらしい。ニューヨークでの池田満寿夫等の会話が聞こえてくる秀作。
*柄澤齊  「肖像Ⅳ A.ランボー」1982年 木口木版 31/70
肖像がシリーズと出会ったとき、「すべて集める」と宣言した。肖像シリーズのなかでもこの作品の存在感は格別。柄澤さんのビュランの冴えが美しい。
*北川健次 「F.カフカ 高等学校初学年時代」1987年 銅版画 AP(限定50部)
高価で手が出なかったが、作家の希望で、私の持っていたメクセペルの「4つの玉」と交換して手に入れた作品。北川の美意識が凝縮された秀作。
*李禹煥  「項B」1979年 木版画(作家自摺)11/30 京都国立美術館賞
李さんの作品は何点か持っていたが、下取りに出してしまった。この大作は1990年8万円で手に入れた。木版の削り跡が心に刻まれる素敵な作品で現在まで残った。
*舟越桂  「戦争を視るスフィンクス」2005年 銅版画 AP7/10(限定20部)
舟越さんの木彫は素敵だが、版画も魅力的である。戦争で殺し合いをする人間の愚かさを見つめるスフィンクスの眼は悲しみに満ちている。赤色が悲しみと怒りを増幅する。
*谷中安規 「旅」1933年 木版画・手彩色 方寸版画 幻想集(10点セット)より
東京近美の熊谷守一展の際、常設展会場で見たシュールで愛らしい2点の谷中(幻想集から)にいたく感動し、「方寸版画・幻想集」をぜひ手に入れたいと念じていた。それが、ある画廊で遭遇した。お金の面では予算オーバーで苦労したが、なんとか入手できた。この「幻想集」は私の宝物である。
*藤森静雄 「二つの黙思」1915年 木版画(機械刷)限定200部 月映Ⅵより
恩地孝四郎・田中恭吉・藤森静雄が1914‐15に出版した詩画集「月映(つくはえ)」は創作版画の金字塔である。月映の恩地作品を中心にコレクションしたが、藤森の青春の苦しみを描いた作品群も心を打つ。これは私のお気に入りの作品。
*浜口陽三 「蝶」1968年 カラーメゾチント AP(限定50部)
フィッチから最初に買った作品で思い入れも強い。赤いダリアと蝶の飛ぶ空間は浜口が開発した繊細で微妙なカラーメゾチントならではの色彩・雰囲気を醸し出している。
*国吉康雄 「仮面(Mask)」1948年 リトグラフ 限定100部 署名
ニューヨーク時代、国吉のマスクと出会い、悲しげな仮面に魅かれ、購入した。しかし、日本に戻ってから、他の作品購入するために、下取りに出してしまった。2010年、ヤフオクで発見し、心惹かれ、再購入した。
*オディロン・ルドン 「光の横顔」1886年 リトグラフ 限定50部 署名入り
画廊でこの作品と出会ったとき、即座に「買うべき」と決断した。お金のやりくりをしたが、ルドンの名作がコレクションに加わったことは奇跡だ。この作品はかっては「岡鹿之助」がコレクションしていたと聞く。
*ロドルフ・ブレスダン 「良きサマリア人」1861年 リトグラフ 第3版
ブレスダンのミュージアムピースの名作であり、作品と出会ったときは相当悩んだ。
当時持っていた長谷川潔の作品等を下取りに出して手に入れた。一部補修があるものの刷の状態がよく、生存中の刷(第3版)と思われる。
*シャルル・メリヨン 「ノートルダム橋の揚水機」1852年 エッチング6state/9
メリヨンのパリを描いたエッチングに魅かれ、数点、コレクションしているが、この作品が一番好きだ。かつて、セーヌにあった揚水機を描いている。エッチングの魅力が堪能できる秀作。
*ジャコメッティ 「アンドレ・ブーシェの肖像」1961年 エッチング 限定70部
ジャコメッティの版画が一点欲しかった。リトグラフでなくエッチングがいいし、人物がベターと思っていた。そんな時出会った作品。2005年で25万円。幸いにもなんとかやりくりできる価格であった。ジャコメッティはやっぱりいいね。
*チリダ  「ALDEBATEKO」1973年 エッチング 22/50
チリダは彫刻が本職だが、版画も魅力的だ。この作品は1989年、仕事でスペインに行った際、バルセロナの画廊で購入した。チリダの作品が何点かあったなか、選んだ一点。
*イヴ・タンギー 「穿かれた岩の神話B」1947年 エッチング 限定100部
独特のフォルムをもったタンギーの作品(油彩)が好きで、1997年頃、版画を1点手に入れたいと思い、東京の画廊を廻って見つけた一点。マージンの汚れがきになったが、刷の状態が素晴らしかったので決断した。当時35万円とけっこう高価。
*エリック・デマジエール 「パン屋の帳簿」2002年 エッチング・アクワチント 66/90
私と同じ1948年モロッコ生れのフランス人作家である。フィッチが推している作家でフィッチのところでお会いしたことがある。ヨーロッパの伝統的な技術をベースに活躍している。現在はヨーロッパでは人気の作家である。レンブラントの冴えを感じさせるこの作品を大変気に入っている。
*メクセペル 「三つの玉」1969年 エッチング・アクワチント 限定100部
ドイツの作家で、彼の静物は銅版画のマチエールを巧みに使い、人々を魅了する。この作家もフィッチに教えてもらった。現在10点コレクションしているが、一番好きな作品だ。
*フィリップ・モーリッツ 「プルトニュームの発見」1976年 エングレービング(ビュラン) 59/100
フランス、ボルドー生まれで、彼の描く奇々怪々のフォルムは我々を幻想の世界に導く。
 銅板にビュランを使って直刻する技術は想像を絶する難しさがあるようだ。そんな技術を駆使して描く幻想の世界は魅力的だ。初期作品を中心に現在15点のコレクションを形作っている。かつては、日本でも人気があったが、最近はこのような雰囲気はあまり人気がないようだ。時代が変わると好みも変わるのか?


           駒井哲郎「果実の受胎」1959


       長谷川潔「幾何円錐形と宇宙方程式」1962

                  
         恩地孝四郎「はるかな希い」1950


      野田哲也「日記:1970年4月27日」1970

         
        柄澤齊「肖像Ⅳ A.ランボー」1982

             
          北川健次「F.カフカ」 1987


            李禹煥 「項B」1979

                
         舟越桂「戦争を視るスフィンクス」2005


            谷中安規「旅」1933

                    
            藤森静雄「二つの黙思」1915

                                
              浜口陽三「蝶」1968

                                        
             国吉康雄「仮面」1948

                     
            ルドン「光の横顔」1886

               
         ブレスダン「良きサマリア人」1861

            
        メリヨン「ノートルダム橋の揚水機」1852

                
        ジャコメッティ「アンドレ・ブーシェの肖像」1961

                
          チリダ「ALDEBATEKO」1973

                     
         タンギー 「穿かれた岩の神話B」1947


        エリック・デマジエール「パン屋の帳簿」2002


           メクセペル「三つの玉」1969

             
           モーリッツ「プルトニュームの発見」1976

少し長くなってしまったが、その1を終了し、その2は次回にまわしたい。次回のテーマとしてはつい最近までコレクションに情熱を注いできた「恩地孝四郎そして谷中安規」について書くとともに「コレクターの独り言」のタイトルで「新小コレクター運動」の提案等についても想いを書いて終わりたいと思っている。自分のコレクションについては力が入って、3回シリーズになりました。その3まで続きますので、よろしくお願いします。