粋狂老人のアートコラム
          圧巻の描写力に圧倒されながら「吉村芳生」展を見た・・・
          展覧会の見出しに「超絶技巧を超えて」とあったが・・・・

 
記憶を辿ると、この画家との最初の出会いは、わの会放談会でK氏が紹介されたことがきっかけである。私はこれまで写実画や細密画に常に注目してきたが、吉村作品については初見であった。私が作品を見た印象は、それまで出会ったことが無い異常な集中力の持ち主に思え驚愕した記憶がある。私の心の中で機会があれば、吉村の初期作から最近作までを確認したい思いが強くなっていった。その後、しばらくして平塚市美術館で開催された「リアル(写実)のゆくえ」展を見る機会があり、吉村の肉筆作品をじっくり鑑賞することができた。展示作品の多くが油彩画のなかで、吉村作品は色鉛筆で描かれていたことに驚いた記憶が残っている。
12月の初旬に恒例の忘年会が都心で開かれるのを機会に「吉村芳生」展に立ち寄ることにした。忘年会の開始時間は昼の時間帯のため、その前に展覧会に顔を出すには好都合の日程である。私は以前に忘年会の後で展覧会を見た際、不覚にも展示作品の一部を見落とした苦い体験がある。見落とした理由は、飲酒が原因したと考えている。今回は同じミスを繰り返さないため、冷静に作品に対峙したいとの考えから当日の行動順序を決めた経緯がある。
展覧会場の東京ステーションギャラリーは、東京駅構内に立地し、恵まれた場所にあるため、必然的に出かける機会が多い美術館である。そのうえに、私は同ギャラリーの企画展の内容が、絵画ファンの目線に立っていると常々感じている。私は吉村芳生展の企画担当が誰なのか気になったので、会場内の職員に尋ねたところ、富田章館長とのことであった。てっきり目利きの学芸員の企画と思っていたが、見事に私の予想は外れた。どうやら富田館長は実力を兼ね備えた方らしく、今後の企画展が楽しみである。
私は期待にわくわくしながら会場に入ると、会場内は凄いことになっていた。私の印象は超絶技巧というよりも人間業とは思えない作品が、次か次へと展示されており、途中で何度も休憩を入れては見るを繰り返した。私に最初の衝撃を与えたのは≪ドローイング 金網≫1977 鉛筆、紙 97.0×1686.7である。因みに作品の説明には「銀座の某画廊での初個展のため、現地の壁面に合わせて全長17mで制作されたもの。ケント紙と金網を一緒に重ねて銅版画のプレス機にかけた後、紙に写ったでこぼこの痕跡に鉛筆で立体の描写を加えている。網目の数は約18,000個あり、完成までにおよそ70日が費やされた。タイトルにあるドローイングとは、実在物の模写のこと。吉村は、感情を完全に排除し丹念に金網を再現していくこの手法を、『機械文明が人間から奪ってしまった感覚を再び自らの手に取り戻す作業』として、長距離ランナーが一歩ずつ歩みを進めるマラソンに例えた。吉村にとって、写し続ける生活の原点となった記念碑的な作と言えよう。」とある。
吉村は「新聞は社会の肖像」で「自画像と同じ」との考えから自画像制作に拘り、朝日新聞、読売新聞、中国新聞(広島市)、毎日新聞、山口新聞、日本経済新聞などの一面を読んだ後、カメラで自身の顔を撮影し、その紙面と表情それぞれを同じ紙に2重に描き写している。これらの手法で大量の作品を制作しており、見るだけで疲労感を感じた。私はすべての自画像シリーズを丁寧に見るのを途中で諦め通過することにした。
暫く休憩後に次の部屋に移動すると、コスモス、モッコウバラ、タンポポ、ケシなど色鉛筆で描いたとは思えない写真のような作品群である。勿論、手描きの肉筆であり、写真にはない立体感さえ感じる技量の高さが見て取れる。私が今回の展示物で気になった作品は、山口県仁保川に浮かぶ中洲の風景を描いた、全長10m22㎝の≪未知なる世界からの視点≫である。作品の説明によると、「枯草に交じって一面に咲き誇る菜の花、そして草花や曇天の空模様を鏡映しにしながら風に揺らぐ川面を、最終的に上下さかさまにして完成とした。虚構と現実あるいは日常と非日常が入れ替わった、天も地もない未知なる世界である。」とあった。また、説明の中に、他の花シリーズとの決定的な違いは細部の緻密さが薄れた点にあると書かれていたが、私は枯草や菜の花の描写など十分に緻密と思っており、説明内容を意外に感じた。他には花盛りの見事な藤の木を横7mほどの画面に描いた≪無数の輝く生命に捧ぐ≫である。私は作品を前にして、どうして数十本の色鉛筆でこれだけの作品を描けるのだろうかという思いであった。他の入館者も作品の前から離れようとしない光景を何度か目にした。私は美術館での鑑賞スタイルとして、気になる作品や欲しい作品は、何度かその作品の展示場所まで戻って見ることにしている。今回は私と同じように戻って見ていたグループが目に付き、それだけ作品に鑑賞者を引き付ける魅力があることを裏付けている証拠であろう。
展覧会を見終えての感想は、緻密画に関心のある方にはお勧めの企画展である。ただし、鑑賞希望であれば、体調を整えてから出かけることをアドバイスしたい。私の体験では、入館までの行列で待ち草臥れて疲れたことはあるが、会場内で作品を見ていて疲れたのは初体験である。いずれにしても魅力的な展覧会であることに変わりはない。

夢・夢・夢・・・・
某月某日未明、私は夢の中にいた。夢の内容は、顔見知りのメンバーと絵の飾り付けの手伝いをしているようだ。会場は何と見覚えのある東京ステーションギャラリーと思われる。前後の経緯はわからないが、私の思いが叶って東京ステーションギャラリーで「わの会の眼Ⅱ」のコレクション展の開催が決まったのであろう(?)。遂に私の思いが夢にまで現れた。是非、非力のわの会会員として、情報取集能力が高く目利きと思える富田館長の目に留まり、展覧会の開催まで漕ぎ着ければと願うばかりである。・・・
最後に吉村の略歴を紹介したい。
1950年 山口県防府市生まれ。
1971年 山口芸術短期大学卒業後、広告代理店にデザイナーとして勤務。
1976年 東京の創形美術学校に入学し、版画を学ぶ。
1980年 広島市のデザイン専門学校の非常勤講師となる。
1985年 山口県佐渡郡徳地町(現・山口市徳地)に移住。
1998年 山口芸術短期大学非常勤講師となる。
2011年 シテ・アンテルナショナル・デ・ザール(パリ)に1年間滞在。
2013年 12月6日歿、享年63歳。 
 国内外の芸術祭や展覧会に出品、受賞歴多数。

 (注)入館者が作品を目にした時の驚きと感動を奪ってしまうと考え、敢えて作品の写真は掲載しておりません。是非、最寄りの会場に足を運び自分自身で体験してみてください。
 <参考>
 東京会場(東京ステーションギャラリー)
  期 間 2018年11月23日(金)~2019年1月20日(日)
 広島会場(奥田元宋・小由女美術館)
  期 間 2019年2月22日(金)~4月7日(日)
京都会場(美術館「えき」KYOTO)
 期 間 2019年5月11日(土)~6月2日(日)
長野会場(水野美術館)
 期 間 2020年4月11日(土)~5月31日(日)