粋狂老人のアートコラム
       偶然に目にした地名から水彩画のことを思いだす・・・・板倉賛治
       美術教育に尽力した画家の逸品を拾う・・・

 
最近、新聞を読んでいた時か、雑誌を読んでいた時か思い出せないが、「静浦」の地名を目にした。私は学生時代の地理でも習った記憶がなく、良い機会なので単純に所在地を調べることにした。早速、手元の日本地図を開くと、静岡県沼津市に該当箇所が見付かった。このことがきっかけで、正確な画題は忘れたが、静浦の地名の水彩画を相当前に入手していた記憶が蘇ってきた。念のため所蔵品一覧を見ると「板倉賛治」の作品であることが確認できた。

                        
           静浦湾 (1955年作) 28×39㎝

 私の調査癖を押し付けるようで恐縮であるが、物故作家たちも静浦を描いていたのかどうか気になり調べることにした。調査対象は範囲を広げると大変なので、明治美術会と白馬会に絞ることにした。結果は明治美術会展出品作には該当作品が見付からなかった。ところが白馬会展には、1897年第2回白馬会展に久米桂一郎の≪静浦の紀念≫と小代為重の≪静浦海濱≫を出品していた。因みに、久米美術館の久米桂一郎年譜によると、「97年6月6日、黒田、小代らと箱根湯本に遊ぶ。8月、小代と伊豆地方に遊び、箱根に滞在中の黒田としきりに書簡の応酬をする。」とあることから久米と小代は二人で行動し、静浦で作品を制作し白馬会展に出品したと思われる。他には99年第4回白馬会展に矢崎千代治(号:千代二?)が≪静浦≫を出品していたことが確認できた。また、久米に関しては興味深い事実もある。それは98年12月30日に黒田、佐野昭と沼津に行き、静浦で越年していた。久米は余程、静浦が気に入ったと思われる。因みに、調査癖のおかげで、いつも画家周辺から興味深い情報が見付かるという嬉しい体験をしている。そのため、調査癖は当分止めれそうもない。
 この辺で肝心の水彩画の話に戻すと、防風林(?)の枝葉や突堤に残雪が見られることから制作時期は1~2月頃に描いたと思われる。私は絵を最初に目にしたとき、葉の色が白っぽいことと中段の茶系の岩場が目に飛び込んできた。さらに仔細にみると、右側の突堤の先端に一人の人物が描かれていた。また、地図上では確認できなかったが、画面からは入江がリアス式海岸のような地形と思われる。一方、画家の視線は、手前の防風林、中段の岩場、上部の対岸が同じように左から右方向に平行に走っている地形であることに気付き、右側下部から上に向かう突堤を配置し、画面に変化のある構図に仕上げたと思われる。それにしても、人物も描かれ僅かに生活のしるしを留めながら、動きと音が消され、時間が止まったような静寂な世界の表現に驚きを感じる。
 最後に板倉の略歴を紹介したい。板倉は「1877年愛知県碧海郡(現:碧南市)生まれ。99年愛知県第一師範学校卆、同校教論。1909年「新体中等図画教本」和田英作と共著刊行。11年東京高等師範学校卆、同校助教授。12年第10回太平洋画会展に初入選。13年日本水彩画会創立会員。15年第2回日本水彩画会展に出品、以後、ほぼ毎回出品。21年第3回帝展に初入選。23年帝展委員。28年東京高等師範学校教授。31年国定教科書小学図画編纂委員嘱託。34年中等教育検定委員会委員。35年東京高等師範学校評議員、40年教育功労者として文部大臣表彰。41年勲三等瑞宝章。43年第6回新文展に無鑑査出品。44年戦時特別展に無鑑査出品。49年日本水彩画会名誉会員。同年日英交歓展覧会に作品提供。50年山田家政短期大学教授。63年米寿記念賛治画集出版。65年4月4日歿、享年89歳。」とある。
 私は以前にコラム欄で美術教育に尽力した「原田隆諦」について紹介しているが、今回の「板倉賛治」も美術教育に尽力した一人である。しかしながら、原田は埋没し、一方の板倉は相応の評価を受けている違いに気が付いた。私には原田の技量が板倉より劣っているとは思えず、埋没の理由は不明である。強いて挙げれば、板倉は日本水彩画会など中央で活躍し、さらに中等教育検定委員会委員を務めたことなどが一因している可能性も否定できないと考えている。勿論、私の蒐集目的は、画家の評価でなく、自分の眼鏡に叶った作品を対象としているので、評価が高いか低いかは二の次である。それでも、結果として高い評価を受けている画家の作品を入手できたときは、心のどこかで「してやったり」と思っているもう一人の自分がいるようだ。

 今は多様な作家の一枚の作品との出会いから、作家の人間模様まで感じられることに不思議な感情が湧いてくる。これも何かの縁なのかもしれない。
若しかしたら老人の戯言かも?

<参考資料>
日展史   
久米美術館蔵品図録    
近代日本水彩画150年史
愛知洋画壇物語 PARTⅡ   
資生堂ギャラリー75年史  
愛知画家名鑑    
もうひとつの明治美術展図録    
白馬会 明治美術の新風展図録