粋狂老人のアートコラム
       謎の画家による迫真の「農夫帰路」図・・・・・山本才冶
              明治にも 画家が挙って描いた流行りの絵があった・・・

 
          
            ささやく    61.8×43.7㎝

私は以前に目にした「実力画家たちの 忘れられていた日本洋画(住友慎一著)」に掲載されていた≪農夫帰路≫のことを思い出した。急いで書棚から目的の本を取り出し、ページを開いてみると、「ナカヤマと書かれた≪農夫帰路≫(明治33年)が目に入った、そのサインはロシア的な文字で書かれており、仕事を終えて帰る農民の姿を写実的な描写で描いている。明治30年に和田英作が≪渡頭の夕暮れ≫と題した絵を発表しているが、当時このような絵が世間の関心を呼んだのでなかろうか。」と住友氏は説明している。念のため和田英作の作品を確認すると明治30年第2回白馬会展に出品されていた。また、明治33年パリ万国博覧会にも出品され褒状を受けていた。
 なぜ回り道をしているかというと、実は目の前の水彩画がまさに≪農夫帰路≫を描いた作品だからである。しかも作者不詳である。一方、図版で確認できた人物はそれぞれに農家の家族と思われ、和田作品には、夫婦、祖父、子供二人。ナカヤマ作品には夫婦、祖母、子供二人。因みに手元作品には夫婦、赤子を含めた子供三人が描かれている。描かれた人物に共通しているのは、薬缶
を提げ、籠を背負い、夫は鍬を持ち、女性は前掛けをしていることなどが目につく。他にも笠木治郎吉が明治20年代に≪帰農≫という作品を描いているが、母親の作業着は手元の≪農夫帰路≫と同じように描かれていた。さらに参考までに記すと、明治31年作に湯浅一郎の≪漁夫晩帰≫や小林万吾の≪農夫晩帰≫、海老名明四≪農夫ノ晩帰≫、小坂象堂≪晩帰≫などの作品を制作していた。また、本多錦吉郎も制作年不詳ながら前出の画家たちと同じジャンルの≪豊穣への道≫を制作していたことがわかった。
 手元の作品について見てみると、画面中段左寄りに赤子を背負い着物姿に襷掛け、前掛け、履物は草鞋、髪は子守被りの出で立ちの女の子が描かれ、その左後方に父親、右隣に母親が描かれた構図である。この作品は人物を緻密に描き、一方、背景等に目立つ樹木など描かずに自然に人物に視線を引き付ける効果を狙ったと思われる。父親は頬被りをして作業着に腰紐を締め、根付のついた煙草入れを腰に提げ、鍬を背負い裸足である。母親は着物に前掛けを付け、子供が入った籠を背負い、左手に薬缶、右手に鎌を持ち、髪は姉さん被りで、なんと母親も裸足という出で立ちである。それぞれの人物描写が見事で、一日の農作業が終わり、何かほっとしたような雰囲気が、父親の妻に話しかけている顔の迫真の描写の中に感じ取ることができる。
因みに住友氏の説明によると、明治30年代にこのような絵が世間の関心を呼んだのでなかろうかと書いており、私も調査する中でそのように思えてきた。それらのことを踏まえて、まず明治時代を中心に作者を調べてみることにした。調査を開始すると意外に簡単に山本才治に辿り着いた。山本は明治31年明治美術会創立十年紀年展に≪ささやく(水彩)≫を出品していた。私は画中の父親が妻に話しかけている姿や同じ水彩画であることから出品作に該当している可能性が高いと考えている。しかしながら、それ以外の情報は見つからなかった。これだけの技量を持ちながら全くヒットしないのは、筆を折ったか夭折したのか謎が深まるばかりである。
 私は今回の調査をする中で気になる点に出くわした。それはなぜ明治のこの時期に≪農夫晩帰≫とか≪農夫帰路≫などの画題で、多くの画家たちが同じような主題の作品を制作したのであろうか?という点である。私は「相棒(テレビドラマ)」の杉下右京ではないが、小さいことが気になる性格(?)なのかも知れない。物事には何事であれ、流行る理由があるはずとの思いが心に浮かんだ。そこで、私は少し乱暴な仮説を立ててみた。まず考えられるのは、浅井忠が明治20年の東京府工芸品共進会に出品し、妙技二等賞を受賞した<農夫帰路>が大きく影響を与えたと推理してみた。私はこの作品を間近で何度か見ているが、農作業を終えて家路につく家族の表情や細部にわたる描写、さらに作品全体から受ける圧倒的な迫力を忘れることが出来ない。当然、「当時の画家たちにも大きな影響を与えたであろう」というのが私の見解である。果たして本当の理由は・・・・・

呟き・・・
世の中には高い技量を持ちながら、人知れず埋もれてしまった画家の何と多いことか、今回の出会いはその現実をあらためて思い知らされた。

出でよ!第二の洲之内徹様と心の中で叫んでいる自分に気が付いた・・・・・・・・

<参考資料>
もうひとつの明治美術展図録 明治期美術展覧会出品目録
実力画家たちの 忘れられた日本洋画(住友慎一著)
マイウエイNO.71(財団法人はまぎん産業文化振興財団)