粋狂老人の
     ポスター作家の知られざる油彩画
     明治から大正にかけて石版画で活躍・・・波々伯部金洲

 
         

                  富士の図 4号

 波々伯部金洲と板の裏面に墨書きがあるが、私には読み方が皆目見当がつかない。
この絵との出合いの時には画家の名前なのかどうかも分からなかった。
念のため波々伯部について調べてみると、現在の兵庫県篠山市の東部に波々伯部(ははかべ、ほうかべ)と称されてきた集落があることが分かった。
その後の調査で画家の姓が「ははかべ」と読むことも判明した。
しかし、集落と作者との関係は依然として不明である。
 ところでこの絵は、御殿場方面(?)から富士を描いたと思われ、所謂、一般的な三保の松原周辺や川口湖周辺から描いた作品とは異なる雰囲気がある。
寧ろ私には、裾野を巧みに利用して、紅葉した樹木、人物、人家、二筋の煙をバランスよく配置しており、新鮮に映った。時期的には初冬であろうか、紅葉した落葉樹やなだらかな丘には雪が残っているようだ。
作品は年数の経過による相応の汚れはあるものの状態は頗る良い状態を保っていることが何より嬉しい。

 肝心の金洲の履歴であるが、少しずつわかってきた。
それによると、金洲の本名は捨四郎であること。文久2年、旧福井藩士の家に生まれる。 
15年頃まで奥村姓を名乗り、明治16年から2年ほどは大島姓を名乗って制作している。
雅号は「金洲」。宮本三平の下で西洋画を学び、その後、砂目立てした石版に直接描く砂目描画の画家として活躍する。
三越呉服店初期のポスターを印刷した三間印刷所専属の画家として《三越ヴェール》《諒暗に入る》などの制作で活躍し、大正12年の関東大震災以降は大阪に移ったと伝えられるが、晩年の活動状況については不明である。昭和5年没とある。
 さらに調査を進めると、明治15年に奥村捨四郎の名前で《典侍柳原愛子肖像》、《皇国貴顕肖像》を石版で制作していた。
明治16年には、大島捨四郎の名前で《欧米大医之肖像(弘医書院版)》を画工として銅版画制作。
《柳橋盛妓桃太郎》制作している。明治25年には波々伯部捨四郎の名前で、《日本六大政治家乃肖像》《十二月 墨堤の雪》を石版で制作。
明治28年には第7回明治美術会展に《肖像(石版)》を非売として波々伯部捨四郎の名前で出品。
明治35年には、千葉県地図/小林壽雄製図。裏面に《房州鏡ヶ浦全景(鳥瞰図)》を波々伯部捨四郎の名前で制作。
他にも制作年未確認ながら、《伯爵伊藤博文君肖像》を波々伯部捨四郎の名前で制作。
明治35年に川村清雄らによって結成された「トモエ会」に参加(入会年不詳)。
ようやく明治38年に雅号波々伯部金洲の名前で三越呉服店が主要新聞に掲載した全ページ広告で『デパートメントストア宣言《元禄模様美人》』のポスター制作。明治41年《三越ヴェール》制作。明治43年《大日本麦酒株式会社ポスター》制作。大正12年三越ポスター《諒闇に入る》制作。
 金洲の名誉のために付け加えれば、今でこそ岡田三郎助や橋口五葉、杉浦非水の影に隠れ忘れられているが、当時は岡田他を凌ぐ人気があったようだ。
因みにその一例をあげれば、明治40年の博覧会開催にあわせ、新橋の芸妓・清香をモデルに制作されたポスター、《三越呉服店(東京勧業博覧会)》。
細部に渡って丁寧に描き込まれており、着物の柄と透き通るような肌の美しさによって、このポスターは大評判となったと中山公子氏(愛媛県美術館紀要第4号  2005)が書いていることからも当時の人気ぶりがわかる。
 私のこれまでの調査では、金洲の油彩画は他に未確認である。
今のところ手元の《富士の図》が唯一確認された一点である。
本件に関して照会した愛媛県美術館の鴫原悠氏(学芸員)は、『今後調査研究されていく作家のひとりだと思いますので、ご所蔵の油彩画は大変貴重な作品になるのではないかと思います。』と回答資料のなかで書かれていた。
このことは作者特定に生き甲斐を感じている私にとっては嬉しい出来事であった。
 一方で波々伯部姓の作者については、金洲以外に二人の不詳の人物が存在していた。一人は波々伯部方次である。方次は福井県生まれ、大正7年3月東京美術学校製版科本科卒業、大正13年当時大阪朝日新聞社印刷部勤務とあり、それ以外は不詳である。
もう一人は波々伯部繁である。明治23年改新新聞付録《衆議院議員肖像》石版で制作。
明治26年に改新新聞付録《芸妓鏡》を石版で制作している。
他にも《広島大本営》《少女と犬》を制作しているが、生没年など不明である。
私は少々強引であるが、方次は金洲の子息、繁は金洲の別号ではと仮説を立てている。
私は自身の体験から両者の略歴解明は容易なことではないと承知しており、朗報を気長に待つことにしたい。


<参考資料>
愛媛県美術館紀要第4号(2005)杉浦非水の足跡(執筆者中山公子氏)
太平洋美術会百年史   大正期美術展覧会出品目録    国会図書館資料
森美術館提供資料   広報 まちだ(1338号)   版画(小野忠重著) 
日本の版画Ⅱ1911-1920刻まれた個の饗宴展図録  
週刊朝日百科 日本の歴史112号
生誕150年 二世 五姓田芳柳展図録   アサヒビール本社提供資料他