田村和司さんのよもやま絵話-------“美”とは?
             第13回 色彩のハーモニー・中尾彰「紫陽花」

 
家から車で5分ぐらいのところに西国三十三所第10番札所の三室戸寺というお寺があります。
季節ごとの花を楽しませてくれますが特に紫陽花がお寺の景観に馴染みます。

雨の中、境内に咲く紫陽花は美しいものですが、それ以上に美しく思うのはその色と光の変化だと思います。
咲き始めから時が経つにつれ色が変化していくことと、光の加減で色々な表情を見せてくれることがその美しさの元だと思っています。
そして、雨に打たれる紫陽花は何か郷愁のようなものすら感じさせてくれます。

今回ご紹介する絵は中尾彰の静物画です。

     

紫陽花をこのように表現できるこの画家の感性は尋常ではない。
いつもそう思って絵を見ています。
画家の感性の中に入るのは私には無理なような気がしますが少しでも近づきたく
絵を見続ける訓練をするようにしています。
それでも未だなかなかこの画家の世界にはたどり着けません。
堀辰雄の小説を読んだ後の感じと同じものを中尾彰の絵を見ると感じます。
小椋佳の曲「六月の雨」を20代の頃に聴きましたがこの人の楽曲にも同様のものを
感じます。

努力では達成できない資質を持っている人たち。
別世界に生きる人たちがこの世にはいるのだと。

仮にこの人たちと同様の感性を持ち合わせたとしてもそれを絵画、小説、楽曲などで
表現できるのはやはり特別な才能であると思わざるを得ません。
その表現は自然を越えてしまう芸術の力なのかもしれません。
美は自然の中に転がっていますが、それを新たな美として示すのはこのような人達なのだと思います。