田村和司さんのよもやま絵話―――“美”とは?
                 第20回 中原悌二郎作「若きカフカス人」 私感


ヤフオクで若きカフカス人が出品されているのを見た時は驚きました。そして、ありえないとも思いました。
表題は「作家不詳、ノーサイン、ブロンズ、人物の顔」、それに若きカフカス人の写真。
多くの美術館に収蔵されている大正彫刻の名品です。市場にでるとは思ってもいませんでした。本物だろうか?
鋳造が少し甘く見えたのでコピーと思いましたが、その存在感と迫力に惹かれて買うことにしました。
オークションは延々と続き、相手はなかなか降りてくれません。
”もういいや”、1000円高く入札して寝てしまいました。
翌朝、確認したところなんと落札です。キョトンとした後、正気に戻りました。

出品者の支払い条件はクレジットのみでした。上限を超えていて決済ができません。銀行振り込みをお願いしたのですがシステムが対応できないとのことで受けてくれません。
ついには権利を次点者にすると言われました。次点と1000円違いでは諦めろというほうが無理です。必死にお願いして何とか入手しました。
出品者「教えて欲しいのですが、落札額が高額になりましたがモデルが有名な方なのでしょうか?」
私  「中原悌二郎という彫刻家がつくった若きカフカス人という作品です。」
出品者「-------」

彫刻の優品を多くコレクションしている慧眼のコレクターから「碌山美術館と旭川市彫刻美術館で見ましたが、同レベルの鋳造のようですね」とメールをいただきました。
このメールはありがたかったです。鋳造レベルに不安を持っていたので少し安心しました。

中原悌二郎は10年ほどの短い制作期間で11点の彫刻作品を残し34歳で夭折しました。
匠秀夫氏がその著書「中原悌二郎」で大正彫刻の白眉と称したこの作品は、亡くなる2年前の大正8年につくられ、第6回再興院展に出品されています。

制作の経緯を中原信(ノブ)著「中原悌二郎の想出」から紹介します。
モデルはジョージア出身のニンツァという若者で、ロシア革命時の赤軍に所属していましたが兵舎を抜け出しアジアを放浪後、新宿中村屋で世話になっていた人です。
療養中で空いていた中村彝のアトリエを借り1か月の予定で制作していましたが、2週間ぐらいで鬼のような顔を嫌ったニンツァが壊すと言い出したために未完成のまま鋳造された半面像です。
未完成が通説ですが、私はその完成度からどうみても未完成には見えません。
どうでしようか?

鋳造数について、本やネット、美術館への問合せなどで調べてみました。
拙い調査で恐縮ですが16体が各地の美術館等に収蔵されているようです。
北海道立近代美術館、旭川市彫刻美術館、新潟大学、茨城県近代美術館、
東京国立近代美術館、東京芸術大学美術館、たましん美術館、神奈川県立美術館、
彫刻の森美術館、長野県立美術館、川中島古戦場史跡公園、碌山美術館、
三重県立美術館、田中美術館、宇部市ときわミュージアム、
などです。
石膏から鋳造されたオリジナルが3体、ブロンズから鋳造されたコピーが3体、
残り10体がオリジナルか、コピーか不明です。
当時の著作権管理からしますと16体以外にも存在する可能性があると思います。

芸術を愛するがため、商売がおろそかになる友人の画商さん(私はそのような人柄とその眼力を尊敬しています)がこの作品を見て次のように言いました。
「名品ですね。当時この作品は悌二郎の周りの人の多くが欲しがったと思います。
悌二郎が石膏を工房に持ち込み鋳造したのは自分用に1体。工房はその才能を認めていて更に1体を工房用として鋳造しそれと交換に無償で鋳造したのではないでしょうか?
また、周囲の人に渡すため、いくつかつくられたかもしれません。
16体以上が残されているとしたら、戦争などで失われたものが多いでしょうから
大正8年以降、どこかで誰かが50体ぐらい鋳造しているかもしれません。」
この話を聞いて思いました。
「多くの人がこの作品に惹かれてきたことは間違いない。たとえそれが欲がらみであったとしても。」

          

画像のデーターは次の通りです。
ブロンズの半面像、高さ42.0×18.0×18.5 
サインはありません。来歴も不明です。
裏面の凹部には、ほこりが厚くたまっています。
箱等に保管されていたものではなく、長い間、大気にさらされていたものだと思います。

私はこの“ほこり”を大切にしています。もしも蔵の中のほこりでなく多くの人を楽しませてきた”時のほこり“でしたら貴重なものと思うからです。
追記
写真を撮った時にドキッとしたことが起きました。時間は夜中の1時過ぎです。
カフカス人の瞼が下がり、その後、眼を開け私を見つめるのです。
翌日、理由がわかりました。
私の瞼が下がるとカフカス人の瞼もさがり、私が眼を大きく開けるとカフカス人も眼を開け私を見つめるようです。
写真を撮るため眠くてトロンとした目を無理に開けて見たことが原因のようです。
今回、投稿するにあたり画像を多く見ましたが確かに両方の画像があります。
もし美術館で鑑賞することがありましたら、試してみてください。

参考資料
中原悌二郎小論 (白沢菊夫著――福島大学教育学部論集30号の2)
中原悌二郎   (匠秀夫著)
中原悌二郎の想出(中原信著)
彫刻の生命   (中原悌二郎著)
生命の彫刻   (旭川美術振興会刊)
展覧会図録 中村彝・中原悌二郎と友人たち 1989年 茨木県立近代美術館ほか、
展覧会図録 中原悌二郎と岡田虎二郎    2007年 田原市博物館